三重大学大学院医学系研究科 皮膚科学
教授 山中 恵一 先生
スティグマ(Stigma)という言葉をご存じですか?
スティグマとは、直訳すると「汚名・烙印」といった意味があり、もともとは古代ギリシャにおいて身分を示すためにつけられた焼印に由来します。
現代では「誤解・偏見・差別」を包含する意味合いで用いられ、昨今では、社会において個人の特定の属性のみに注目して差別や偏見の対象とする “社会的スティグマ”の増大が大きな問題となっています。
この特定の属性とは、性、ジェンダー、国籍、人種、年齢、外見、障害、信仰など無数にあります。
ジェンダーや肌の色に対する差別は近年でも大きなニュースとなっていますし、記憶に新しいところでは新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う、感染者や治療にあたる医療従事者、その家族に対する不当な差別も社会的スティグマのひとつです。
人は本来、複数の属性をもちながら社会生活を送っていますが、その人の一部分にすぎない何らかの一属性に注目して「あの人は○○だから信用できない」「あの人は○○だから可哀そう」「あの人は○○だから、きっとこうに違いない」などとネガティブに評価することで社会的スティグマが生まれます1)。
スティグマは、社会や当事者にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
周囲が下した不当にネガティブな評価(スティグマ)を当事者が感じとると、自尊心が大きく損なわれ、自分自身の価値を認められなくなり、やがて自分がその属性をもっていることを周囲に隠すようになります(これを自己スティグマと呼びます)。このような状況になると、スティグマがなくなるどころか、スティグマが継続され、さらに増強されるという悪循環に陥ってしまうのです2)。
日本社会福祉学会 中国・四国ブロック
https://www.jssw.jp/wp-content/uploads/07_kumagaya.pdf
樫原潤. うつ病とスティグマの臨床社会心理学 偏見の解消に向けた挑戦.
東京:金剛出版;2020. より作成
病気もスティグマの対象になることがあります。
病気における自己スティグマは、適切な治療を受ける機会の損失につながり、患者さんやそのご家族が心身に消えない傷跡を抱えてしまうことになりかねません。
「乾癬」という病名を耳にしたことがある方はどれくらいいるでしょうか。
乾癬とは、顔や身体の皮膚が赤く盛り上がる、細かいかさぶたのような皮膚がぽろぽろ剥がれ落ちる、といった症状があらわれる慢性的な皮膚の病気で、日本には人口の約0.3~0.4%、約43万~56万人の患者さんがいます3)4)。
照井正, ほか. 臨床医薬. 2014; 30: 279-85. より作成
乾癬の皮膚症状は、免疫システムの過剰な活性化によって引き起こされるもので、細菌やウイルスが原因ではないため、人にうつるものではありません。皮膚に触れたり、お風呂やプールに一緒に入っても何の心配もいりません。
しかし、その特徴的な皮膚症状や“かんせん”という言葉の響きから「うつる病気なのでは?」と誤解をされてしまうことがあります。
このような誤解は患者さんの精神的ストレスにつながり、乾癬患者さんの4人に1人がうつ症状を合併しているというデータもあります5)。また、乾癬には関節炎を伴ったり、脳梗塞・心筋梗塞の併発が多く、早期に治療を開始するのが望ましい病気です4)6)。
病気に対するスティグマの多くは、悪意によるものではなく、知識不足が原因です。
このページを読むまで乾癬という病名を知らなかった方、うつる病気だと思っていた方は、この機会に乾癬に対する正しい理解を是非もってほしいと思います。
多くの方が病気に対する正しい知識を身に付ければ、自然とスティグマは解消に向かうはずです。
2016年、英国王室のウィリアム王子、キャサリン妃、ヘンリー王子は、メンタルヘルスに関するスティグマをなくすため「Heads Together」というキャンペーンを立ち上げました7)。スティグマの解消には、その問題の社会的認知向上が重要であり、そのためには、このような著名人の発信は大きな意味を持ちます。
このような活動が目標としているスティグマが解消された社会とは、皆が属性や特徴を隠さずに共有できる社会です2)。
先入観や固定観念は誰しもが抱いてしまうものです。しかし行動や言動に移す前に、まずは誤った理解をしていないか、と自分を疑うことが重要です。そして、自分がその先入観を向けられたら、と考えてみてください。
それがスティグマの解消に向けた第一歩です。