みんなで考える市⺠公開講座シリーズ

「⽪膚の病気 患者さんの笑顔のために」
記録集
第4回
ひとりじゃない、
希少疾患の悩みに向き合う
~乾癬患者さんと
スティグマについて~
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日時:2022年5月14日(土)13:00~14:00
主催:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社
後援:一般社団法人 INSPIRE JAPAN WPD
乾癬啓発普及協会/NPO法人 東京乾癬の会
P-PAT/

認定NPO法人 日本アレルギー友の会
ひとりじゃない、
希少疾患の悩みに向き合う
~乾癬患者さんとスティグマについて~
多田 弥生 先生(帝京大学医学部 皮膚科学講座 主任教授)
スティグマとは
本日は「ひとりじゃない、希少疾患の悩みに向き合う~乾癬患者さんとスティグマについて~」をテーマに、スティグマ(後述します)の種類と対処法について、また日常生活に現れたスティグマであるマイクロアグレッションについて、そして最後にスティグマを減らすために必要なことについてお話します。
まず、スティグマがどのようなものか、ここでは「ラベリング」、「隔離」、「ステレオタイプ」、「偏見」、「差別」というの五つの現象を総称するものとしてご説明します。
私たちは性別やジェンダー、民族、障害、病気など、さまざまな属性をもっています。しかし人は属性に還元される存在ではなく、同じ属性を持っていても、まったく同じ人は存在しません。ところが、私たちはついつい同じ属性をもっている人々をグルーピングしてしまいがちです。このような認識の癖を「ラベリング」と呼びます。
また、ラベリングするだけではなく、お互いの生活や仕事の場面を「隔離」するとともに、ラベリングされたカテゴリーに特定のイメージをつけ、グループの中の多様性を無視してしまう「ステレオタイプ」な認識をもってしまうこともあります。
さらに、私たちはあるカテゴリーを劣ったものとして認識してしまうことがあります。これを「偏見」と呼び、偏見を向けたグループに対して、同化や排除といった「差別」をしてしまうのです(図1)。
スティグマとは
スティグマの分類
スティグマは、「公的スティグマ」、「自己スティグマ」、「構造的スティグマ」の三つに分類することができます。
「公的スティグマ」とは、当事者以外の人が当事者に対してもってしまうスティグマで、例えば周囲の人が乾癬患者さんに向けるスティグマがこれにあたります。一方、自己スティグマは、当事者自身が自分に対してもってしまうスティグマです。自己スティグマを抱えると、自分自身のことを価値のない存在と考えてしまうだけでなく、他者に援助を求めるに値しない人間であると考えてしまうようになることが知られています。さらに、自己スティグマを抱えた結果、自分と同じカテゴリーの仲間に対してもネガティブな感情を向けてしまい、仲間同士の連帯を阻害してしまうこともあります。最後の構造的スティグマとは、法律や制度、社会デザインの中に宿っているスティグマです。
スティグマについては、本人の努力や心掛けで変えることができると誤って信じられている属性はスティグマを負いやすいという考え方があります(これを帰属理論と呼びます)。例えば、自己責任論とみなされやすい依存症や生活習慣病、肥満などに向けられるスティグマはこれにあたります。
乾癬とスティグマの関係
近年、乾癬患者さんとスティグマの関係が注目されています。ある研究では、他の皮膚疾患と比較して、乾癬はより高いレベルのスティグマを経験する可能性があることが報告されています1)。そして、そのスティグマを減らすために必要なことは、乾癬に関する正しい知識の啓発や当事者との出会いであることが示唆されました(乾癬に対する態度に対する一般の方と医学生を比較した研究による)2)
また、スティグマが乾癬患者さんに与える負の影響についても研究が行われており、乾癬に対する他者の反応を予期することから生じるストレスが、心身の他の要因よりも日常生活における障害感に大きく寄与していることが報告されています。さらに、スティグマを向けられていると感じた乾癬患者さんはそうでない患者さんと比べて、より強い抑うつ症状を示すこと、乾癬が自己スティグマを引き起こす可能性があることなども報告されています3)4)5)
1)
Donigan JM, et al. J Am Acad Dermatol. 2015; 73: 525-6.
2)
Pearl RL, et al. J Am Acad Dermatol. 2019; 80: 1556-63.
3)
Fortune DG, et al. Br J Dermatol. 1997; 137: 755-60.
4)
Zięciak T, et al. Psychiatr Pol. 2017; 51: 1153-63.
5)
Jankowiak B, et al. Dermatol Ther (Heidelb). 2020; 10: 285-96.
自己スティグマへの対処行動
自己スティグマの与える影響について、詳しくご説明いたします。前述したように、自己スティグマは当事者が自分自身にもってしまうスティグマのことです。この自己スティグマを抱えた当事者がとる行動には、「孤立しながら行う対処行動」と「理解のある他人と行う対処行動」の大きくニつがあります(図2)。
自己スティグマへの対処行動
「孤立しながら行う対処行動」は三種類あります。まずは”印象操作”で、印象操作は自分がその属性であることを隠す行動のことです。ニつ目は”補償努力”で、例えば障害者だけれども仕事やスポーツで頑張るというように、障害というものをネガティブにとらえ、それを補おうと強迫的に別の軸で努力することです。努力すること自体は決して悪いことではないのですが、頑張りすぎてしまうことで本人を苦しめてしまうことがあります。そして、最も深刻な行動が”他者の価値剥脱”です。これは自分に向けられた差別から目をそらすように、別のスティグマで他者を攻撃してしまうというものです。これらの行動は、いずれも生きやすさにつながりにくいものといえます。
一方の「理解のある他者と行う対処行動」にはニ種類あり、その一つ目は”価値の取り戻し”です。これはカテゴリーに対して中立もしくはポジティブな価値を見出していくということです。二つ目は”他者評価からの自由”で、等身大の自分を認めあう社会の実現に向けて行動することです。
ただ、社会の価値観はすぐには変わらないものです。ですので、短期的には孤立しながら行う対処行動をとることは仕方のないことかもしれません。しかし、中長期的に理解のある他者と行う対処行動を目指していくことが、自己スティグマへの対処行動となるでしょう。
日常生活に現れたスティグマ
”マイクロアグレッション”
近年、スティグマに関連して”マイクロアグレッション(Microaggression:小さな[マイクロ]攻撃性[アグレッション])”と呼ばれる概念が注目を集めています。マイクロアグレッションは日常生活に染み出してきたスティグマのことを指し、「意識的であれ無意識的であれ、人種、ジェンダー、性的指向、社会経済的地位、宗教、障害等、個人的特徴やグループ帰属に基づいて、他者をけなすような、短く、時に微妙な日々のやりとり」と定義されています6)7)
このマイクロアグレッションは、“マイクロアサルト”、“マイクロインサルト”、“マイクロインバリデーション”の三つに分類されます。”マイクロアサルト”は意識的、意図的に攻撃を向けるようなやりとりを指します。これに対して、”マイクロインサルト”は、鈍感な振る舞いや無知によって、無意識に個人のアイデンティティを傷付けてしまうコミュニケーションです。マイクロアサルトは悪意があるのに対し、マイクロインサルトは無知に基づいており、悪意がないことが多いという違いがあります。
もっとも分かりにくいマイクロアグレッションが、”マイクロインバリデーション”です。マイクロインバリデーションの代表的な例として、スティグマで困っている当事者を励ますつもりで善意によって、「考えすぎだよ」「私はそんなふうにあなたを見ていないよ」という声掛けすることがあげられます。この声掛けにより助かる場面もありますが、一方で、当事者が感じていることや傷ついていることを否定してしまい、マイノリティー側の感覚の方が間違っているとして切り捨ててしまうこともあります。
マイクロアグレッションをゼロにすることは非常に困難で、コミュニケーションを振り返るときのツールになる概念と捉えることも大切だと思います。
6)
Pierce C, et al. (1978). An experiment in racism: TV commercials. In C. Pierce (Ed.), Television and education (pp. 62– 88).Beverly Hills, CA: Sage.
7)
Sue DW.(2010). Microaggressions in Everyday Life: Race, Gender, and Sexual Orientation. Hoboken, N.J.: John Wiley & Sons.
スティグマを減らすために
ここまでスティグマやマイクロアグレッションについてご説明してきましたが、次にスティグマをどうすれば減らせるのかについてお話したいと思います。スティグマを減らすために、最も重要な戦略の一つが接触仮説と呼ばれるもので、異なるグループが接触する機会を持つことにより、お互いの偏見が減少するという仮説です8)。この「接触」には”対等な関係にあること”、”共通の目標に協力して取り組むこと”、”組織的な支援があること”という三つの重要な条件があります。
“対等な関係にあること”は、最も重要で最も難しい条件ですが、実現のためには個人としての対等性だけでなく、相手の集団的なカテゴリーとしての対等性も意識することが大切です。
さらに公的スティグマに対しては、連続性教育と呼ばれる戦略が有効であることが知られています。これは、「多数派」と「少数派」は症状の重症度や頻度といった量的な違いに過ぎず、質的に異なるわけではないと伝える教育であり、スティグマの低減に貢献することが報告されています9)
8)
Brown R, et al. Advances in experimental social psychology. 2005; 37: 255-343.
9)
Schomerus G, et al. Psychiatry Res. 2013; 209: 665-9.
スティグマを減らすために
最後に~患者さんへのメッセージ~
私自身、脳性まひという生まれつきの身体障害をもっており、生活の中でさまざまな差別や偏見に直面します。今回お話したスティグマという現象は、当事者に対して大きな影響を与えてしまうものです。スティグマを減らすためには、多数派と少数派の間にある多様性や連続性を知り、そして対等に、共通の目標を持ち、制度的なバックアップを受けながら接触していくことが重要です。
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乾癬とスティグマ
~たとえ乾癬を抱えていても、明るく楽しく~
添川 雅之 さん
(一般社団法人 INSPIRE JAPAN WPD乾癬啓発普及協会事務局長/NPO法人 東京乾癬の会 P-PAT 副代表理事)